自分の人生に「安心感」、ありますか?
このまま人生が続いたその先の自分が、幸せで満足な人生を送っていることを想像できるでしょうか。
疑いもせず幸せな自分を想像できたら、それはとても素敵なことですよね。
でも、そうじゃなかったら・・・
不安で不安で、朝目が覚めた瞬間「不安」な気持ちに囚われていたら・・・
そんなのちょっと、悲しすぎますよね。
不安の原因が解消しない限り、この気持ちは消えないのでしょうか。
不安感・恐れってなんだろう
「人生が不安だな・・・」と漠然と感じたとき
なんとも言えない苦しい気持ちに襲われます。
- 未来を悲観している
- 未来を心配している
こういう言葉でもいいかもしれませんね。
とにもかくにも離れない、このまとわりつくような感覚。
物理的には無い感情のくせに、すごい存在感です。
追い払おうとしても取れないけれど、でも、こういう時ならどうでしょう。
増えたり減ったりする「不安感」
先の見えない不安・恐怖感に襲われていると、まるでそれが現実と連動した「動かしようのない正当な感情」のように勘違いしてしまいます。
でも
・・・・・
さてリンゴさんは何を思ったでしょう。
「あぁ、みんなも結構大変だな・・・」
「自分のはただの甘えじゃないのか・・・」
「というか私、まだマシかも・・・」
こんな風に、外部に自分より大変そうな比較対象があると、大きくのしかかっていた不安がしゅんと少なくなります。
逆に、
自分のコンプレックスを刺激するような「うらやましい人物」を目の当たりにしたり、不安を掻き立てるようなニュースを見たりすると、いとも簡単に焦りや不安が増大します。
つまり、状況は全く変わらないのに、自分のその時の状態や考え方によって、感じる不安の強さが増えたり減ったりするんです。
増えたり減ったり、ころころ変わるいい加減な存在が、不安感の本質です。
「人生を不安に感じる」ことの贅沢
「人生が不安だ。」
「将来が心配だ。」
そんなことをしょっちゅう考えるのは、とても辛いしストレスですよね。
でも、本当は・・・
それって少し、余裕がある状態なんです。
余裕がないから悩んでるんだ!と思うかもしれませんが、カツカツ・ぎりぎり・極限状態の真っ只中にいる人は
「あぁ、人生が不安で仕方がない・・・」
なんて、考えません。
- 明日のご飯代をどうするべきか
- 今日寝るところをどうするか
- 派遣の契約を更新してもらえるだろうか
- 子供は諦めないといけないのか
- 右が左か、どちらにすべきか
- 同居したくない。どう断るべきか
こんな風に、悩みが超具体的です。
「人生が・・・」
「将来が・・・」
って、すごくふわっと、漠然としていますよね。
つまり、漠然とした不安要素を燃料に、不安な気持ちをもくもくと煙のように増やしているだけなんです。
そんなことない!私はほんとに不安な状況だ!!
「あなたの不安、実はほとんど気のせいかもしれませんよ。」
って言われたら、あなたは何を思いますか。
「いや、私は本当に不安なんだ。私がこんなに不安なのは当然のこと。だって〇〇だし、××だし、あれもこれも・・・」
こんな風に、不安を感じる正当性を主張してしまうかもしれません。
不安な状態は嫌だ。不安を消したい。もっと前向きに、幸せを感じたい。
と思っているハズなのに、「不安が気のせいなんて、そんな訳あるか!」と全否定して、なぜか
不安な理由。
不幸な私。
を主張してしまうかもしれません。
でもこれはある意味、自然な反応です。
今まで右回りの思考回路だったのに、急に「左回りにしたら?」って言われても、「は?」ってなりますよね。
あればあるほどモッタイナイもの。とは?
それに実際のところ、不安が気のせいだろうが真に確固たるものだろうがは、どちらでも良いんです。
それよりも、不安感をたくさん持っている状態はとってもモッタイナイ。という部分を強調しておきたいのです。
山のような不安に押しつぶされそうな時
- 自分の持っている実力を、うまく発揮できますか?
- 周りの人に、あなたの良いところを十分伝えられますか?
- 大切な人を手伝ったり、助けたりできますか?
- 魅力的な話が舞い込んだ時、逃さず掴むことができますか?
本当は出来たはずのこと。本当はしてあげたかったこと。本当は出会うはずのこと。
たくさんの事、ぽろぽろこぼしてますよ。
不安を両手に抱えすぎて、山のように取りこぼしてますよ。
とっても、もったいないです。
不安に目を向けすぎていたら、一旦そんな自分に気が付いてあげてください。
【脱力】泣きたいくらい腹が立つ・悲しい。苦しい感情を癒す簡単な方法。