引っ込み思案・内向的。1人が好きすぎる私のあるある。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

内向的・外交的を比べると、なんとなく外交的な方が良い気がしますよね。

人は誰でも多かれ少なかれ両面を持ち合わせていると思うので、どちらか一方で括ることは難しいです。

でも、

年を経るごとに、新しい人と知り合うたびに、

「あぁ、私はやっぱり内向的なのだな。」

と感じずにはいられません。

 

基本的に私は私が好きなので、内向的な性格を理由に自分を責めることは無いけれど、たまに嫌になる時もある。

 

内向的な人あるある。もとい、私あるあるです。

私の好きなことの多くは「1人で過ごす時間」

子供のころから、一人で絵を描いてる時間が好きでした。

大人になっても好きなことの多くは「一人で楽しむこと」。

 

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

 

人と話すのは嫌いじゃない。家族との時間も幸せだけれど、この1人の時間もどうしようもなく楽しいのです。

至福。

学生の頃にはみ子にされたことがある

基本的にこんな感じなので、外に向けて主張することが苦手です。

モノをはっきり言わないことが原因か?中学生のとき一定期間明らかに仲間外れにされた経験があります。

理由は他にもあったのかもしれませんが、リーダーシップを取るタイプの子が集まるグループにいたので余計に浮いてしまったのかも。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

もちろん嫌な記憶ではありますが、その後も無視の対象がグループ内で次々変わっていく様子を外側から見て、

「子供ってそんなもんだよな」

と他人事のように感じたのを覚えています。

嫌われる人には嫌われる

大人になっても、私みたいなタイプの人を嫌う人は存在します。

特につきあいが浅い、はっきりものを言うタイプの人から空気扱いされたり、「理解できない」といった顔でみられることも。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

特に20代のころは、同年代よりも年上のちゃきちゃき系女性から嫌われることがたまにありました。

嫌われると居心地は悪いですが、「なんか私に対して腹立つのも分かるわ。でも私もうまく対応できないし・・・しゃーない。」です。

悪い点は直したいけど、年上の人だからって相手が正しいとは全く限らない。

どのみち誰にでも好かれるのは無理。という諦めをいつからか腹の奥に持っていたようです。

集団だと会話についてゆけない

たとえ仲が良くても、人数が増えてくると会話についていくだけでしんどくなります。

たくさんしゃべるエネルギーがある人々とずっと一緒にいると、なかなか消耗してしまう。

 

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

友達ならそこまで気は使わないので、気軽な感じで「えーうそー」とか「あはは~」と返すことはできるけど、気の利いた意見や質問を返すことは難しい。

いろいろな人の言葉を聞いて考えるだけで脳の容量を使ってしまうようです。

ちなみに好きなテーマだとまだ興味を持ってぐいぐいいけますが、興味の無い内容になるととたんに集中力が崩壊します。

かといって注目される・褒められるのも苦手

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

会話についてゆくのがしんどい。難しい。

けど、自分が話題の中心・注目の的になるのはもっとしんどいです。

人目を集めるのは子供の頃から嫌いで、とにかく目立つことはしたくないという思いがありました。

ただ、数少ない自分がすごく好きなテーマとなると、急に負けず嫌い精神が湧き出てくることも。

会話に疲れて飲み物が捗る

口に何かが入っていると、話をしなくて済みますよね。

・・・と意識したわけではないけれど、いつからか気を張る集まりの場ではしょっちゅう飲み物に口を付けている自分に気が付きました。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

片手にずっとグラスを持っている自分に気が付いた時は、「あぁ、緊張してるんだな。そうかそうか。」と、心の中で少し自分をいたわります。

脳内では「早く帰りたい」コール。

大人になるにつれて嫌いな人と無理やり関わる場面も少なくなってきましたが、周りが良い人たちだからといって心が安らぐわけではありません。

どんなに良い人たちとご飯を食べていても

この瞬間が今後貴重な経験になるだろうなと分かっていても

 

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

脳内では家でくつろぐ自分を想像してしまいます。

早く1人になりたい。

ゆっくりしたい。

本の続きを読みたい。

 

無意識にそう考えて、そんな自分に時々罪悪感を抱きます。

脳が途中で止まる

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

特に話題が多岐にわたる時にありがちなのが、途中で脳が働かなくなる現象です。

色んな話を聞けて面白いけど、どこかの瞬間でふっと完全にシャットダウンしている自分に気が付きます。

はたから見たらめっちゃ真顔なんだろうなと、ちょっとヒヤリとします。

「みんなで」って言葉が嫌い

使う側は全く悪くないのは分かっています。

でも、「みんなで・・・」っていう言葉が嫌いです。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

今度みんなで・・・

またみんなで・・・

 

いやー、それはみなさんでどうぞ。私は関係ないから。

とほぼ確実に頭の中で考えてしまいます。

 

「みんな」の中に入れられたくない。すごく嫌。

家族や、すごく親しい人の場合はもちろんそこまで拒絶感は無いけれど。大して仲良くない人に限って「みんなで・・・」って言いだす感じがする。むむむ。

誘われると、とりあえずめんどくさい

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

数少ない友達から連絡が来たら、嬉しい反面、めんどくさい気持ちも湧いてきます。

 

あー、3時間で解散できるかな。

あれもこれもやりたいことあるのに・・・

 

そう考えて、おっくうになります。

会えば楽しいし、声をかけてもらって有難いとももちろん思うのだけど、でも、そう思う気持ちが確実にあるのです。

「連絡をくれない」と怒られる

こんな人物なので、人と積極的に関わろうという気持ちが薄いです。

したがって「会おうよ!」と連絡をすることもめったにない。

仲良い友達でも、半年~1年に一回会えばちょうど良い塩梅。

 

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

私自身、友達と会いたければ自分から連絡するというスタンスなので、連絡をくれない相手にやきもきするという経験があまりありません。

 

なので、「連絡くれないよね」とお怒り気味に言われると・・・正直、まずは「めんどくささ」を感じます。

スマートに気を使えないことが地味に悩み

歳を重ねるごとに地味に大きな悩みとなってくるのが、「スマートでない自分」です。

いますよね、さらっと相手に負担をかけずスマートに配慮してくれる人。

憧れます。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

かたや私は・・・こんな👆むき出しの「ザ・遠慮☆」しかできません。

気を遣って自分自身も疲弊するし、確実に相手にも気を遣わせてしまいます。

全然アカン。

こんな大人になるはずでは・・・

相手が良い人すぎるとそれはそれで余計焦る

オープンマインドで押し付けがましくなく、それでいてその人らしさに溢れた可愛い人。

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

「あぁ、こんな優しくて爽やかな人に壁を作っちゃいけない」と焦れば焦るほど、対応がぎこちなくなってしまいます。

そして自己嫌悪。

どんなに近しい人でも、一緒に居すぎると疲れる

明らかに気を使う人と過ごすのはわかりやすいストレスですが、普段全く気を使わない相手でも・・・

やっぱり、一緒にいすぎるのは疲れます。

でもなかなか一人になるタイミングを作れずにいるうちに、だんだんイライラが増えたり・気持ちの余裕が無くなって来てはじめて

「あぁやばい。ストレスすごく溜まってる。」と気が付きます。

 

ゆっくり息が詰まってゆくこの感じ。

自分の状態には早めに気が付くようにしたいものです。

やっぱり、一人の時間が超超・超大好き

引っ込み思案・内向的な私のあるある。

人は一人じゃ生きてゆけない。

そんなこと分かってます。

でも、一人の時間がとても好きです。誰にも邪魔されない時間が大好きです。