「自分が嫌い」は思考グセ。しんどいくらい自分に注目するのは止めよう。

自分が嫌いな人は考え癖からできている

突発的なミスやトラブルで「自分はなんてダメなんだ・・・こんな自分は最悪だ・・・」と一時的に落ち込んでいるのなら、時間の経過や状況の改善で自然と自己嫌悪もなくなってゆきますよね。

でも、

  • 昔からどうしようもなく自分が嫌い
  • いつも「自分を嫌いな自分」を自覚している
  • 自分が嫌いな状態が苦しいけどどうにもできない。つらい

という場合、一時的なものではなく基本的な考え方に「自分が嫌い」が組み込まれてしまっています。

そんな「自分が嫌い」と考えがちな人の思考グセと特徴や、「自分を好きになる」ところを目指さなくても大丈夫、という事について書いてゆきます。

「自分が嫌いな自分」を責めない

ただでさえ自分を嫌って責めているのに、さらに「自分が嫌いであること」を理由に自分を責めていませんか。

自分が大好き!仲間との出会いに感謝!

SNSのこんな元気な投稿を見て、こんな風に自分大好きにならないといけないのか、人生は仲間と楽しまないといけないのか

と思ってしまうかもしれませんが、実際にはそんなことはありません。

私は自分が好きー!人生楽しいー!とわざわざSNSに書き込むのはある種の承認欲求・自己顕示欲みたいなものですので、そういったものに反応しても消耗する一方です。

自分を否定する材料を増やすのは、止めましょう。

好きか嫌いかという考え方は意味がない

そもそも、自分を「好き」か「嫌い」かの2択で考えるのは難しいことです。

どんなに仲の良い友達でも、「こういうところは好きだけど、ここはちょっとね・・・」という部分がありますよね。

それに、「ほんとにいい加減で腹立つやつだけど、なんか好きだわ」というパターンもあります。

つまり、人や自分を好きか嫌いかの2択で分けることはできないし、もし分けたとしても、そこに意味はありません。

脳の思考回路は半自動

「自分が嫌いだ。自分はダメだ。」

そんな言葉を頭の中でよく考えてしまいますよね。

その思考をつかさどっている脳について調べてみると、ポイントとなる機能が2つあります。

ほんとは変わりたくない

1つ目は、人は変わることを恐れる性質があるということ。

良い様に変わるなら恐れる必要がないのでは?と不思議に思うかもしれませんが、たとえポジティブ思考になる・自分が好きなる考え方があると理屈では分かっていても、人は変化に対して強いストレスを感じるようになっています。

恒常性維持・ホメオスタシスなどとも呼ばれますね。

今自分が持っている考え方や性格は生まれる前から備わっていたものではなく、生きて行く上での環境や周りの人との関りの中で形成された現時点での結果になります。

つまり、今までの経験から学んだ生存戦略の結晶が、今の自分ということです。

 

そのためどれだけ「自分が嫌い」という思考が苦痛でも、今までの生存戦略の結果を覆すような変更には拒否反応が生まれます。

今までの方法で生きてこれたんだし、変わらなくて大丈夫だよ!かわっちゃたら危ないかもよ!?

と、これまで積み上げてきた思考回路がささやきます。

違う事を考えるのは疲れる

もう1つは、『新しいことを考えるとエネルギーを多く消耗する』ということです。

慣れたことや半自動でクセのように行える事はエネルギーを消耗せずに済みますが、今までと違うこと、慣れていないことにはエネルギーを多く使う必要が出てきます。

慣れない数字の計算や語学の勉強をすると、体と同じように脳もくたくたになってしまいますよね。

同じように、「自分が嫌い」という思考回路が出来上がっている人が無理に「自分を好き」と考えようとしても、今までと違う考え方なので脳がすぐに疲れてしまいます

また、『わざわざ』そう考えなければいけないため、定着するまでにはある程度の意識的な反復や習慣づけが必要です。

つまり、脳は「正しい」わけではない

脳はすごいコンピューターではありますが、全知全能の神という訳ではなく、あくまで今までインプットされた経験上から物事を判断します。

つまり、ものすごく主観が強い、ということです

 

「あぁ、私は本当に価値がない人間だ。嫌いだ。」と考えたとしても、それはただ単に慣れ親しんだ今まで通りの思考を繰り返しているだけです

 

危険なことは、その自分の思考が出した結論を『正しい』と認識してしまうことです

「自分の考え」=「100%真実」ではありません。たとえ自分自身についての見解だとしても、です。

むしろ自分による自分の評価というものは、当てにならないと思い直してください。

 

今までのあなたが「自分が嫌いだ」という結論を導くことに慣れているだけ。その結論は真実とは遠い、思い込みの強い世界であるということに気が付いてください

まじめすぎ・結論出しすぎは要注意

では、どんな人が「自分が嫌い」の罠にはまりやすいのでしょうか。

真面目すぎる人は要注意

自分を好きか嫌いかなんて考えても意味はない。

今までの思い込みがそうだっただけで、事実とは関係ない。

 

そう言ったところで、「そうはいっても私は私がキライなんだ」とかたくなな人もいます。

そういう人は、すごく真面目な人が多いです。

本来真面目であることはイメージがいいですし社会でも歓迎される性質ですが、その真面目さのネガティブな面が自分に向いてしまうと、このように自分の出した答え(自分がキライなんだ)にも忠実になってしまいがちです。

白か黒かで分けていないか

心理学で「I’m OK You’re OK」という言葉があります。

つまり、どちらもOK。どちらも間違いじゃない。という考え方です。

本来価値観は人の数だけあるものですし、単純に白か黒かで分けられるものではありません。なので、「私もOKだし、あなたもOK(たまに揺れたとしても)」がフラットな考え方といえます。

 

ですが、自分が嫌いという人は「I’m not OK」を強く意識している可能性が高いです。

「I’m not OK」を握りしめながら、その感情をどうすればいいのか分からずに苦しんでいる状態です。

逆のパターンでは「You’re not OK」があります。これは「私は正しいがあなたは間違っている」のパターンなので、周囲の人間が大変な目に遇うことになります。

どうして自分が嫌いだと思い込んだのか

自分が根っから嫌いになった原因を特定するのは難しい部分もありますが、ここではあくまでよくある例として、原因となりやすいものを挙げてゆきます。

親にそう言われて育った

いわゆる毒親に育てられる過程で「あんたなんか生まなければ良かった」「あんたはどこも良いところがない」などの存在を否定されるような言葉ばかり聞かされた場合、

子供は本能的に親に好かれようとしますし、また思考回路も未発達ですので「親を憎んで否定するよりも、親に反抗せず、親の意見に従って自分を否定した方が良い」という考え方になる場合があります。

しかし、ある程度成長して友達や社会と関わると「親の考えが正しいとは限らない」という考えができるようになります。

その後の親とのかかわり方は人によるところですが、いずれにしても幼少期の親の言葉というものは非常に影響力があります。

幼心の勘違い

人の脳はあった出来事を記憶していても、その記憶には時間が経つほどに主観や思い込みが強く反映されます。

また、幼い頃というのは思っている以上に視野が狭く、その考え方や感じ方も偏りがあります。

例えば、第3者から見て可愛らしい、微笑ましい失敗を幼いあなたがしたとします。

それで周囲の人が「可愛いいわね」という気持ちで笑ったのを「バカにされた、恥ずかしい」と受け取って、強烈にその感情だけを記憶してしまう場合があります。

勘違いというのは大人になっても起こることですが、幼少期はとりわけ思い込みや主観が強く反映されます

強い精神的なショックを受ける経験

PTSDなどのような強いショックが残る経験をした場合、それまでの人格とは無関係に、強い自己否定を抱く場合があります。

こういった場合は一般的なカウンセリングを受けるよりも、より専門的な窓口へ行って二人三脚で改善してゆく状況が必要です。

1人でなんとかしようとせず、またむやみに励ますタイプの人に相談することも避けた方がベターです。

思春期に感じたコンプレックス

強いコンプレックスから「自分が嫌い」と感じる人は少なくないですよね。

ましてや自分がコンプレックスに感じていることを人から指摘されたら、さらに自分を否定してしまうようになるかもしれません。

その原因となるコンプレックスは、「他人と比較すること」から生まれます。

自分が太っていたとしても、周りも太っていたら別に恥ずかしくもなんともありませんよね。

 

大人になるにつれて良い意味で自分に対する諦めもつき、状況も様々になるため「人は人、自分は自分」という考えができてきますが、

思春期の頃は横ならびで揃えられるため、どうしても外見や能力で比較されがちです。

そこから来る「受け入れがたい、他人との違い」が大きい人ほど、コンプレックスを理由に自分を責めて、嫌いになってしまいます。

関連 羨ましい、嫉妬、妬み・・・その気持ち、どうせ永遠に尽きることはないのだ。

嫌いよりも、無関心が怖い

さて、自分を嫌いになる理由をいくつかあげましたが、少し補足しておきたいのは

「自分を嫌い」なことが、最悪な状況ではない。ということです。

一番怖いのは、自分に無関心なことです。

▼自分が疲れていても気がつかない。

▼悲しくても気が付かない。

▼嬉しくても気が付かない。

このように自分に対して麻痺していると本人自体がその状態に気が付かないので、自覚がある人の何倍も問題は深刻です。

 

それに対して「自分が嫌いで仕方がない」状態は、嫌というほど自分に目が向いている状態です

「好き」とはまた違う視点になりますので苦しいかもしれませんが、それでも自分に注目しているため、そこから何かに気が付いたり考えを変化させることはできますよね。

 

なので「自分が嫌い」という事に苦しんでいるなら、「そんな自分に気が付けて良かった」と一度考えてみてください。

「自分を好きになる」を目指さずに、ぼーっと空でも眺める

自分大好き!ハッピー!

というオーラを振りまいている人を見ると、つい羨ましくなってしまうかもしれません。

「あんな風になれない私は、やっぱりダメなんだ」とすら考えてしまうかもしれません。

 

ですが、そこは冷静に判断しましょう。

 

ハッピーオーラを振りまいてる人が、24時間ずっとそうとは限りません。ましてや本当に心の底から「自分大好き」と思っているとは限りません。

強いコンプレックスを隠し通すために、自分を最大限幸せに見せなければという心の闇を持っているかもしれません。

美人で誰からもちやほやされていつも人生が輝いて見える人でも、歳をとると容姿の衰えに怯えるあまり、整形依存症になってしまう未来が待っているかもしれません。

 

つまり、結局のところ、人は人、自分は自分です。

人の一面をつまんで自分と比較しても全くメリットがないうえに、公正な比較ですらありません。

 

そもそも「自分大好き!」になる必要だってありません。

 

「気に入らない所もあるけれど、こういう所はまぁいいかな」

それくらいのテンションの方が自然です。

 

「自分が嫌い」という気持ちの強い人は、「自分大好き~!!」な人と同じくらい自分自身に注目しすぎています

自分の行動や感情の1つ1つに反応して、「ほら、やっぱり嫌い」や、「私ってなんて凄いんだろ~」と次から次へと自己評価しているだけです。

 

自分で自分をきちんと確認・把握するのは良い面もありますが、度が過ぎると過保護な親のようなもので、自分を縛ってしまいがちです。

 

今自分を見つめすぎて疲れているあなたがすることは、自分を眺める角度を変える努力よりも、

まずは「あぁ、空がキレイだなぁ」と外に目をむける時間を1分でも増やゆくことではないでしょうか。